FRIDAY

花組で「おじさん役」を究めた元タカラジェンヌ・天真みちるの「青春」

退団してわかった。私って、マリー・アントワネット⁉

「私って、マリー・アントワネット!? って思ったんですよ()。会社員になって初めて、宝塚育ちの自分には『普通の』感覚がないんだと自覚しました」

キラキラした目でこう語るのは天真みちるさん。2018年に宝塚歌劇団 花組を退団した。在団中は様々な「おじさん」役を熱演し、数多の宝塚スターのなかでも、超個性的な存在だった。退団後は、なんとイベント企画会社に入社したのだという。

「会社に入ってから、まず、満員電車が辛かった…! あと、エクセル? 入社して、いきなり予算会議に参加したんですけど、よくわからず。あまりにも何もわからないし出来ないので、周りの方々が全てフォローしてくださってたんですよね。しばらくして、やっと気づいて…。私、おじさん役を究めてたのに、まるでマリー・アントワネットじゃね!?(笑)とわかりました」

元・宝塚の天真みちるさんが書いた本『こう見えて元タカラジェンヌです』が人気だ。タレント本、裏話本のレベルを超えた深い内容に共感する人が多い 撮影:tenhana
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会社員になりたての頃は、

「プロデューサーの一人としてライブの仕事などをしました。出演者の女の子たちの制服にアイロンをかけるとか衣裳管理なども。ライブ中、ファンの猛者たちが山積みのサイリウムの周りにサークルを作って熱狂的に回るのを目の当たりにして『これが、男性観客だけの公演なのか!?』とカルチャーショックでした(笑)」

16歳で宝塚音楽学校に入学、卒業して宝塚歌劇団の団員として12年を過ごした天真さん。その稀有な体験を綴った『こう見えて元タカラジェンヌです』(左右社刊)が、ヒットしている。表紙の写真は、「おじさん」メイクの天真さんが斜め上にバチッと目線を決めている。宝塚時代は公演のスチール写真など全て劇団が用意してくれていたが、この『こう見えて~』の表紙は、担当編集者と一緒に背景や衣裳も全部自分たちで準備した手作りだ。

「雨の日暮里に編集担当さんと一緒に、背景の布を探しに行きました()

現役時代「脇役のトップスターになってほしい」と劇団上層部に言われ、2017年『はいからさんが通る』の牛五郎役はじめ、吸血鬼に血を吸われる不動産仲介人、麻薬を密売する医者、モヒカンの用心棒……などなど数々の「情報量の多いおじさん」を熱演した。特技のタンバリンを使った華麗な宴会芸で、SMAPと共演したことも。現在は、エッセーの執筆、舞台の脚本・演出、漫画の企画協力…と活躍中だ。

女の園、宝塚の「舞台裏」は

原稿を書き始めた時、天真さんはまず、あまり宝塚に詳しくない知人に読んでもらった。

「『宝塚を知らない人が読んだら面白くないかも』と率直な感想をもらい、全面的に書き直しました」

日々の稽古や、公演中のハプニング、劇団運動会など、部外者の知らない世界の「舞台裏」を描く内容だが、そこで一人の少女が成長していく物語でもある。夢を追う少女が組織の中で鍛えられ、自分を見つけていく過程が鮮やかで一編の青春小説のようだ。

「宝塚って崇高で触れがたい世界に見えていると思うんですよね。現役劇団員は個人的なSNSからの発信はしませんし。ミステリアスな存在。音楽学校の受験一つとっても、受験には4回チャンスがあるということ、たぶん、あまり知られてないですよね? 一回落ちた人にも実はチャンスがある…そんなことを知ってほしくて。私が実際に見て感じてきたことを書いて、実際に舞台を観る前にリアルな宝塚を少しでも感じていただきたいな、と」

担当編集者の筒井菜央さんも、企画の狙いをこういう。

「元トップスターさんが書かれた、キラキラした内容の御本は今までにもあったのですが、ユニークな切り口で宝塚を書いたものが読みたい、と思ったんです。『かっこよさ』『美しさ』だけではない宝塚のおもしろさを、たくさんの方と共有したくて企画しました。劇団の情報誌『歌劇』のバックナンバーで天真さんの文章を拝読して、この方だ!と。退団後半年くらいのタイミングで、エッセーを依頼しました」

しかし……

初回の原稿が締め切りを過ぎても全く来ない。心配していた矢先に、3000字でお願いしていた原稿が、なんと10,000字で送られてきて!」

と微笑む筒井さん。

天真さんはその時のことを振り返って、

「書けないんじゃなくて、書き過ぎだったんです…(笑) 初回は音楽学校受験のエピソードだったんですけど、筒井さんにとても面白い、と言ってもらえて。結局、3分割にして発表しました(笑)」

まず、コンテンツ配信サイト・cakesで同タイトルのエッセーの連載をスタート。SNSを中心にすぐに話題となる。天真さんはサラリーマン生活をしながらの執筆活動に突入。締め切りに追われる生活になった。

左右社でカンヅメ状態にもなった天真さんの心の友は、会社で飼っている亀のかめ吉だ。

「集中力が切れると、よくかめ吉に話しかけてました(笑) そのたびに、向かいで別の仕事しながら私を監視している筒井さんに『亀、見てますね』とプレッシャーをかけられて(笑)」

原稿執筆、最後は担当編集の筒井さんと亀が見守るなか、版元の編集室で「カンヅメ」を経験した(写真は左右社) 

あまりにも音楽学校在学中の体験が面白すぎて、連載中は学校時代のエピソードが延々と続いてしまい、「いつになったら、天真みちるは音楽学校を卒業できるんだー!」という状態だったという微笑ましい裏話も。単行本化にあたり、劇団員になってからのエピソード中心に編集した。

読者は宝塚ファン以外にも広がっている。

「『この本を読んで、転職を決意しました』ってお手紙で報告してくださる読者の方がいて…えええ!? そんなことある??」

と、天真さんは笑う。

天海祐希様から1億光年遠い存在

天真さんは、2004年に宝塚音楽学校に合格した。

「姉妹3人いる中で私だけが祖母に『タカラヅカに入りな』と言われて、その気になったんです。自分を『天海祐希』様に程近い存在だと思っていて。きっと隠れた才能を誰かが見つけてくれる! って」

その自信は、受験会場で脆くも崩れ去る。そこには入学を目指し全国から集まった本気の少女たちがいた。自分は「『天海祐希』様から1億光年遠い存在」だという現実を知る。

「受験に一度落ちて、初めて自分のなかの強い気持ちに気づいたんです。どうしようもなく悔しかった。そして、どうしても宝塚に入りたいと思いました。もう一度チャレンジしたいという本気の気持ちが初めて湧いたんです」

2度目のチャレンジで、見事合格。晴れてタカラジェンヌになった。語れば長い音楽学校生活を経て卒業、2006年に宝塚歌劇団に92期生として入団し、花組の配属に。

「変にバランス感覚があるというか、どこかいつも客観的に全てを見てたんですよね。完全に宝塚の世界に没入することはなかった気がします。親や姉弟たちもあまり宝塚に興味がなかったことも関係しているのかも()

「でも、それが書くことにつながったのかも。通し稽古の時に自分で自分の演技を意識して書いたダメ出しノートが何冊もあります」

また、公演を頑張る一方で組の宴会の企画を考えた。

「例えば、『ポーの一族』という作品の公演中には、劇中に出てきた降霊術大会の芸をやりました。美輪明宏さんやタモリさんが登場して…みたいな芸です(笑)」

脚本を書き、音源をまとめて編集、ポスター制作の作業を一人で行い、夜も寝ずに準備した。公演中の合間にキャストを集めて宴会芸の練習もその頃から裏で舞台を作るほうにも既に興味があったのかもしれない。

「私は昔から、なんでそっちに行くんだろう? っていう道の間違え方をするんですよ。絶対に目的地にまっすぐに最短距離で行けない。死ぬほど道に迷って道を覚えるタイプなんですよね」

初めての挫折そして、ウィンク大量生産機になった

花・月・雪・星・宙の5組と専科を持つ劇団には各組に約80人、総勢で約400人もの劇団員がいる。トップスターは各組に男女の役1人ずつ。つまり、ほとんどの劇団員は「トップではないタカラジェンヌ」だ。彼女たちはトップコンビを支えながら、毎公演、自分たちに与えられた役を全力で生き、いつしか劇団を去っていく。でも、彼女たちが存在しなければ絶対に宝塚歌劇は成り立たない。トップスターだけがタカラジェンヌではないのだ。彼女たちも自分との闘いに挑んでいる。

天真さんは劇団入団後、「天真みちる」をいかに認知してもらうか試行錯誤の連続だった。そんな彼女の隠れた努力を必ず見ていてくれる人が絶妙なタイミングで現れるのも感動的だ。

「研究科(入団年数)3年の2008年に、初めて小劇場公演のキャスト選抜から漏れたんです。誰からも認知されていないとショックを受けて、退団も考えました。

でも、気持ちを切り替えて自分の魅せ方を真剣に研究して。そして『いついかなる瞬間に誰から見られても、ウィンクしてるな、と思われよう』と決めたんです。

次の公演のフィナーレのロケット(ラインダンス)で、分間ずっと、ウィンクを続けました。そうしたらある日、劇場に向かっている道で見知らぬ御婦人から『アンタ……おもろいわ』と、声をかけられたんです。ウインクに気づいた人がいた!うれしかったです」

さらに……2011年のショー『EXCITER‼』で、初めてドセンターでソロ歌唱する役をもらい、超巨大ムームーを着てコミカルに怪しくアロハオエを熱唱。一気に認知度が上がった。この時も突然、当時月組の龍真咲さんに廊下で声をかけられる。

「あなた、名前なんていうの? めっちゃ良いね」

人生や仕事に行き詰った時、立ち直らせてくれたのは、さりげない励ましだった。

「公演中、〇組の〇〇さんのお化粧がすごい! というウワサが流れると、他組の子でも関係なく楽屋まで見に行ったり、見に来たりするんですよね。どんな方法でお化粧したのか、その方に教えてもらい、また時には教えてあげる。下級生から自分が工夫した化粧法などを聞かれると、本当に嬉しかったですね」

頑張っている自分を、誰かが必ず見ていてくれる。こんなエールの交換が、どれだけ劇団を長年キラキラとした存在にしてきたのだろうか。

そして、この頃から天真さんもタカラジェンヌの中でも特異な「天真みちるというジャンル」を確立し始める。

「見たくなくてもあなたの瞳にダイビング。元宝塚歌劇団花組の視線ドロボウ、天真みちるです!」

天真さんが自己紹介で使う口上には、こんな自分との格闘の裏打ちがあるのだ。

タカラジェンヌだって中間管理職になる

個性的な演出家の先生のエピソードも豊富だ。時には厳しい言葉で演出をされる。しかし、下級生時代にはその意図がわからず、お稽古中に迷走してしまうことも。手を差し伸べてくれたのは近い学年の上級生たちだった。

2008年の『蒼いくちづけ』で、小池修一郎先生に『周りとうまく絡み合っていけるようにもっと考えて』などダメ出しを受けたが、うまく表現できずにいた。苦労する天真さんを、当時同じ花組だった朝夏まなとさんと望海風斗さんが練習を見てくれた。役作りのために終演後の消灯した劇場の舞台を、わざわざ許可までとって見せに連れて行ってくれた。

また、2012年『近松・恋の道行』で板につかない関西弁を演出家の先生に何度もダメ出しをされた天真さん。全く面識がないのにも関わらずロッカーの出入り口で関西弁を教えてほしいと、ある他組の上級生に突撃でお願いした。『そんなん全然ええよ』と二つ返事で『どないや、儲かってまっか~?』とセリフを教えてくれたのは、当時星組の紅ゆずるさん。

さすが男役スター!

彼女たちのさりげなくもかっこいい優しさにキュンとせずにいられない。

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  • 取材・文宮崎七緒

    ライター。昭和生まれ。三度の飯と宝塚が好き。兵庫の宝塚大劇場は世界有数のパワースポットだと信じている。

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