

ドーハの悲劇の闘将・柱谷哲二 「人を育てる情熱と誠実さ」
大谷翔平の恩師 佐々木洋監督と公私で交流
花巻東高校サッカー部テクニカルアドバイザーとして5年で初の全国大会へ
開幕まで4ヵ月を切ったサッカーワールドカップ(W杯)。開催地カタールで29年前、日本サッカー史を語るうえで外すことのできない出来事が起きた。いわゆる『ドーハの悲劇』。悲願のW杯初出場がラストプレーの失点によって潰(つい)えた悲劇。その日本代表をキャプテンとして引っ張っていたのが、柱谷(はしらたに)哲二だった。