【画像50点!】北向珠夕 バレーで経験した「栄光と挫折」

「”スポーツ女子”の美ボディ特集」第4弾。インタビュー&グラビア50カット公開! FRIDAYサブスクだけの特別企画。

掲載期間:2021.10.31まで

全国レベルの練習中に襲った失意の瞬間

たくさんの名シーンを生んだ東京五輪も終わりを迎えた。

選手たちが喜びを爆発させる歓喜の瞬間がある一方で、思うような結果を出せず涙を飲んだアスリートたちの悲しみの場面も忘れられない。

女優でタレントの北向珠夕(きたむき・みゆう、21)は、出身の青森県代表としてバレーボールのジュニアオリンピック杯にも出場した”スポーツ女子”。

彼女もまた、スポーツの喜びと挫折を味わっていた。

「バレーボールは小2から学校のスポーツ少年団で始めて、中学からは部活でやっていました。

得意なプレーはサーブ。
サーブで忘れられないことがあります。

中学3年生の夏の中体連の時でした。
全国大会のシード権を賭けた、因縁のチームとの決勝戦のことです。

試合の終盤、相手は23点でこちらは18点。
5点差のなか、あと2点取られる敗退という絶体絶命の場面でした。

そんな時に私にサーブが回ってきたんです。

鮮明に覚えているんですが、その時なんというか……『神が下りてきた!』みたいな”ゾーンに入った” 感じになって。

『自分たちが負けるワケない。私のサーブさえ入れば、あとはチームみんなで点がとれる』
なぜかそう信じて疑わなくなりました。

落ち着いてサーブを打つと、それまでミスの少なかった相手チームが乱れ始めたんです。
私たちに点が入って、また私がサーブを打つ。するとまた点が入って、また私がサーブを打つ……。最後にチームのスパイクが決まり、逆転優勝。

自分の競技生活のハイライトといっていいくらいの、忘れられないシーンです。

いまでも地元に帰れば、当時セッターだった親友とその時の映像を肴にお酒を飲むくらい(笑)」

全国レベルの選手だった北向は、高校進学時にスポーツ特待生として”県外”にある名門・盛岡誠桜高等学校に進学。
より一層、バレー中心の生活を送ることになった。

そんなある日、事件が起きる。

「土日は練習時間が10時間。肉体的にも精神的にも大変な毎日でした。

スパイクをブロックする練習をしている時です。

コーチのスパイクを両手でブロックした瞬間、『ピキーッ』って。腕が変な痺れ方をし始めて。

病院に行って診てもらったら……折れていました。左の第一肋骨の骨折です。

コーチやチームメイトに早く言えば良かったんですけど、その時は1年生からレギュラーに入ることが出来たころ。すぐに周りに言えませんでした。当然、ケガは悪化していって……」

このケガが大きく響いた。

強豪校での練習を続けることが出来なくなった北向は、地元の高校への転校を決意する。

「これまでバレーボール一色の生活だったから、この先どうしたらいいんだろうと不安でいっぱいでした。

それに、盛岡の高校には、青森の中学でチームメイトだった親友に、私が誘うかたちでついてきてもらっていて。それも大きな心残りになっていました。

申し訳なさと情けなさで、その親友には何度も謝りました。

するとそのたびにその子は、『何も気にしなくていいよ』と言ってくれるんです。

親友の温かい言葉で、ようやく自分の心のなかに少しずつ前向きな気持ちが生まれました」

その後、北向は東京観光時に訪れた原宿・竹下通りでのスカウトを機に芸能界入り。
その健康的なスタイルで、旭化成グループの第43代キャンペーンモデルに抜擢されるなど、多方面で活躍している。

2019年のNHK大河ドラマ『いだてん』では”東洋の魔女” バレーボール日本女子代表役も演じた。

「途中で辞めざるを得なかったバレーボールですが、その経験はいろんなことに生かせていると思います。

ツラい時も、あの時の練習に比べたらへっちゃらだと思えるし、応援してくれる親友に胸を張れるような存在になりたいと頑張れる。

久しぶりにこれだけバレーのことを話したので、いますごくバレーがしたくなりました(笑)。
大変なこともたくさんあったけど、私はバレーボールが大好きなんだと思います」

Profile
Kitamuki Miyu 21歳
T170 B86 W62 H85
山形県米沢市出身の女優。
インスタグラム(@ kitamuki_miyu)

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※2021年10月31日までの期間限定記事です。

  • 撮影熊谷貫

  • スタイリスト伊井田礼子

  • ヘア&メイクエノモトマサノリ